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【映画】「レ・ミゼラブル」天使が人間を助ける理由がわかるラストシーン

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最近観た映画「レ・ミゼラブル Les Miserables」

1日限定上映で運よく近所の映画館で無料で観れました。

この先はネタバレになるので、避けたい方はスルーしてください。


どうだったかと言うと、「映画館で観れて良かった」でした。

全編、歌、歌、歌。

飽きることなく最後まで鑑賞し、ずっと涙が流れていました。
原作を急展開させている感はありましたが、見応え十分でした。

登場人物の誰かには共感できるであろうストーリーなのですが
私が一番印象的だったのは、主人公のジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)とジャベール(ラッセル・クロウ)が直接対面したシーンでした。

貧しさゆえ妹の為に盗んだパン一個の罪で
徒刑囚として19年も過ごしたジャンは
服役後に一念発起して工場長になり市長にまでのぼりつめます。
そして、人生を通して神の慈悲を遂行する聖人として生き抜きます。

元看守で警部のジャベールは
服役後もジャンを厳しい目で追い
悔い改めるべき罪人だと思い込み、ジャンを名前ではなく囚人番号で呼ぶような態度を貫きます。

ふたりは数奇な巡り合わせで何度も再会するのですが、その度にジャンはなんとか逃げ切ります。

自分こそが神の意志を継ぐ者であるとジャベールは信じて生きてきましたが、自分が窮地に陥った時、ジャンが保身に走ることなく自分(ジャベール)を救い出し、危険をかえりみず (血のつながりのない)娘の恋人を助けるジャンの姿を目の当たりにしたことで、真実は逆であったことをとうとう確信してしまうのです。

自分こそが人を偏見で判断し
断罪し
追いつめ
変えようとしていた、慈悲のない人間であったと悟ってしまうのです。

最も悔い改めさせるべき存在は、
自分を追いつめる敵(ジャベール)にさえ寛容で愛を貫いたジャンではなく
(こんな生き方をしてしまった)自分自身だと気づくのです。

そして、ジャベールの正義の番人としての自負は音を立てて崩れ去り

「おまえは、どんな悪魔なんだ。
俺に命を与えて殺した。
過去を消し、逃げることもやめ、真の自由を手に入れた。
俺(追いつめ続ける脅威)の存在さえも消せた。
疎ましいはずの私を見殺しにすることだって出来たのに助けるとは。
俺と奴、どちらが法で善なのか。」

そんなセリフを残し、ジャンの前から去っていきます。


この映画で終始流れているのは、「誰も悪くない」 という祈りでした。

誰も悪人になんてなりたい訳ではない。

自分が知っている限りの生き抜く方法、自分にできる善を体現しているだけなんだよ、と。

その姿はどれも優劣なく、間違いなく美しく、情熱的で尊いものである、と。


さらに映画のラストを観終えて
ラストシーンこそが、この物語の神髄で伝えたかった部分ではないかと思いました。

ラストシーンを観ていたら、今まで私が見させていただいた様々な方の過去世が走馬灯のように脳裏に浮かび、たまらない気持ちになりました。

あらゆる方々が時代時代で姿、性別を変えながら、各々の思いを抱いて命を燃やしている。
もうそのことに対して、愛しか湧いてこない…。

ラストシーンを観ると、
天使が私たち人間を愛する気持が良くわかると思います。

天使が私たち人間を助けてくれる理由は、ただただ人間が大好きでたまらない。
無条件に愛してしまっているからです。

だから、構いたくて仕方がない。
気になって仕方がない。
愛おしくて、目が離せないのです。

子供が色々な間違いをしても、そのすべてが愛おしく
尻拭いをしなくてはならない時も、苦痛ではないのと同じ思いです。

泣いていたら力になりたくて
笑ってくれていたら、ただただ幸せを感じるのと同じものです。


人生を精一杯生きた登場人物たちが革命の旗をもって 再登場します。
ファンタジックかつエモーショナルに「民衆の歌」が流れ、非常に感動的でした。

で、その民衆の歌をテーマ曲にしているリクルートさんのCMが素晴らしかったので、これまた貼っておきます。

 

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