余生モードになるのが一番なのかも

REICO

最近、気になる方々を精力的に透視リーディングしています。

そんな中、社会的には成功されていても
心の中は渇いている方々もいました。

「まだ足りない!
まだ達成していない!
もっと、もっと!」

ずっと水を欲しがっている。

だから道を踏み外してしまった方もいました。

+ + + +

それとは逆に世に名が出ていても、いなくても素晴らしく魅力的な方々もいた。

内側も渇いていなくて水分で満ちている。

そもそも誰もが有名になりたい訳でもないですし、有名になる事が全てでもないのは大前提です。富も名声も権力も欲しい人もいれば、いらないって人もいる。そういうのを望んでもいないけど、それらがくっついて来ただけの人もいる。

足りないベース

どんなに大きな事を起こしても心が渇いてしまう人と
ちゃんと心も潤わせて人生を謳歌している人との違いを視てみた時に

ベースが違うんだなって感じました。

「足りないから足さないと!」ベースと

「やりたい事をするだけ」ベース。

前者が心が渇くタイプで
後者が潤ってるタイプです。

だから前者だと、どんなに大きな影響力を持って世間でも知られた存在になり富も名声も手に入れているのにも関わらず、満ち足りない思いを抱いている。

なんかね、千と千尋の神隠しのかま爺みたいに
あっちこっちに手を伸ばして
あっちにも名を売らないと!とか
そっちにも手を出さないと!とか

一見すると精力的ではあるんだけど
足りない、足りないってやってるので埋まる日が来ない。

やりたい事に専念ベース

心が潤っている後者の、やりたい事をするだけの人は

自分の価値が足りないから足そうと何かをするのではなく

自分の評価を上げるために何かをするのでもなく

何かのために何かをするのでもなく

今やりたい事をしていました。

これをしたらみんなに何を言われるだろうか?とかもない。

それをした先の評価も気にしていない。

それをしたら損をするかとか、得をするかとかも考えていない。

ベースがちゃんと更地になっている。

だからその上でした事は、ちゃんと積み上がっていく。

人生を余生モードで

じゃあどうすれば満ち足りているタイプになれるのかなと問いかけて降りて来た答え。

「人生は余生である」

でした。

+ + + +

人生を余生感覚で捉えてみると、心が乾かなくて済むんだなーって。

『余生=全部やるべきことは一通りやった後の感覚』として読んでいただければと思うのですが

やってもやらなくてもどちらでも大丈夫なんだけど、やってみたいからやる感覚。
それが余生モード。

+ + + +

部屋掃除も終わって
季節にあったインテリアにも整えて。
いつでもお客様をお迎えできる状態になっている、とします。

うん、これで大丈夫!って。

そう、このままでも問題ないんだけど…

この一角に一輪のお花も飾ってみようか。

よし、お散歩がてらお花屋さんへ行こう。

そんな感じ?

あの、あれです。
孫に対する感覚とかも近いかもしれない。

我が子だと責任重大感があって深刻になる時もあるけれど
孫相手だとある程度軽やかに向き合える的な。

まぁ人にもよるかもだけど。

なんだろうね、結局深刻になりすぎると最終的に破滅していくというか…。

+ + + +

年末ヒーリング(ニューイヤーズ・イブ遠隔ヒーリング2022-23)でもありありと感じた事なのですが

本当に「この地球人生は何をしたって大丈夫。なんだってありなんだ!」って分かった事に通じるかもしれません。

ひとりごと

「何をしたって」の「何」そのものの世界観は、自分に全部返ってくるので…喜ばしい世界観を持っていれば良いですけど、回避したくなる体験を呼ぶものだったら、そこは変更する必要がありますよね。やっぱり。

だけど、そういうのもひっくるめて、でも別に最終的には大丈夫!みたいな感じです。

いくつかの階層があって
どの角度からこの世界を見るかで生き方だったり、人生の意義が変わる部分もありますが

行き着く先では同じになる感じで
その最終的なスタンスが「好きなように生きる」で。

ずーっと長い間、人類は罪悪感を押し付けられていたけれど
罪なんて無かったんだよ、はじめっから。みたいな感じでしょうか。

だから全部、自由だ!

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