途上国支援は逆に私を支え続けてくれた!足長おじさん10年の軌跡

Reico

異国の少女との10年

実は私、発展途上国の子供を支援するサポーターをしていました。

(ボランティアというかスポンサー、足長おじさんですね)

これまで10年続けて来て

毎月その子からお便りや写真が届けられていました。

10年の移り変わり

でね、10年も経つと、サポートしていた子の人生も変わりますよね。

今ハマっている事だとか

どれだけ背が伸びただとか

好きな科目は国語です、とかね。

そんな他愛もない内容だったのが

将来の夢を教えてくれたり。

ついには家族の経済状態が向上しました!

なんて嬉しい状況変化も起きた。

祝・ご結婚

そして、この度ご結婚されるとのこと。

この星の何処かで、一人の女の子が人生を紡いでいる。

いやはや感無量です。

(現地の感じでは若くしての結婚が必ずしも幸せとは限らないようですが、彼女の場合は学業で学んだ知恵を家庭や育児に活かしていけるだろうなと思います)

足長おじさんを始めた理由

私がこの生業だけで食べていけて

毎月支援することも出来そうだなって時に

地球のどこかで約束していたであろう子の金銭的支援を始めようとずっと考えていました。

いくつの頃だったか忘れちゃいましたけど、ずーっと前から。

(心から自分らしいと思える仕事で得た収入でしたかったので、それ以前のお仕事では「まだダメだな…」なんて思っていました)

足長おじさんを始める明確な理由らしい理由はないのですが

そうしたかった。

そうすることが私の喜びに感じていた。

その子との目に見えない約束を果たしたかった。

で、それが出来そうだったのがちょうど10年前くらいだったのかな?

多分それよりも前から食べていけていたのですけど

色々タイミングが合ったのがその頃だったと思います。

やってみてどうだったの?

誰かを支えることが私の支えになる感覚がありました。

当時は、私自身お金に対する意識は今より低くて。

減ることに対しての恐怖は完全に拭えてはいませんでした。

個人で仕事していると保証もないですしね。

毎月決まったお給料が出る訳でもない。

ちゃんと支えていけるのだろうか?と。

でも、その発想自体が貧しいじゃないか!と気づいたんです。

なんで支援できなくなるかもしれない…なんて未来を見ているの?

その思考こそが自分を怖がらせているだけだよね、って。

と同時に

私の中には沸々とした熱い思いもありました。

もし自分の経済状況が悪くなったとしても

この子への支援だけは絶対にやめないぞ!って。

理由はシンプルだった

逆に支えにもなってくれていたんですよね。

一時的には、金銭的に私が助けたかもしれなかった。

でもその子は、私に意識を変革するチャンスを与え続けてくれた。

とはいえ

これらは後付けみたいなところもあって

一番の理由は

ただ、そうしたかった。

相手には私の名前は伝えていません

ちなみに、私は影の足長おじさんでありたいので

顔や名前は本人には伝えていません。

こちらからは手紙もプレゼントも贈っていません。

レターセットを買って手紙を書き

自分の写真を選び

可愛い文房具を買ってはみたけれど

結局は贈らないままに。

贈り物があったら喜んでもらえるかなぁと、最初は悩みましたけれど。

どうしても最後のところで「これをするのは違うぞ」と、ブレーキがかかりました。

短期的には喜んでもらえるでしょうが

長期的に見た時には違うものになりかねない。

私も自分自身に集中するね

自分はただの空気になろう、そう決めたら、すごく腑に落ちました。

迷いが完全に消えたのです。

私の存在自体を彼女の頭に入れなくて良い、彼女には自分自身に集中してもらえれば良い。

彼女には

生まれてきたら無条件で生かされて
助けられて
大切にされるんだって

この世界は愛に溢れているんだって思ったままでいてもらえれば十分だった。

(それさえも思わなくても良いけれど)

だから私の存在を匂わすような行動は一切しませんでした。

そのまま、ありのままのその子が良かった。

もしも彼女が私の存在を思う時があるとしても、自由に想像するのに任せようと。

自分の為に

これは、あくまで私がしたかったから、そうしただけの話。

私の足元で全ては完結していたんです。

相手にこう思ってほしいとか、恩を感じてほしいとかない。

援助してもらっているのだから頑張らないといけない、なんて

そんな負担も何一つ抱かなくて良くて。

私がそうすることで助けられていたのだから

そういう事実に余計な意味をつけたく無かったのです。

出会ってくれてありがとう

今後どこかで旅行中に

私とその子が

もしかしたら、気づかぬまますれ違うのかもしれないな…

なんて思うと、感極まりますが。

少なくとも、10年前の自分に「グッジョブ!」って褒めてあげたいです。

良くやった!

そして、私と出会ってくれた彼女に、心からの感謝を。

「JAちゃん、おめでとう!これからもお幸せにね。
 愛を込めて。」

我が子への手紙として機能

時折、「大人になった我が子は、いつかこのブログを読むのだろうか」と思うことがあります。

そして、その時に私が生きているとも限らない、とも。

今回、異国の少女と密やかな交流があった証しと

我が子に対しては、どんな母親だったのかを知る一端にでもなればと思い

節目にブログに残しておきたくなり、こうして記させていただきました。


ではでは本日も皆さまから頂きましたご感想をUPしております。

どうぞよしなに願い申し上げ候。