あなたがしているのは依存?それとも助けあい?信じて任せて神エイム

Reico

依存という言葉に振り回されていませんか?

依存することと、頼る(甘える)ことを混同してしまうと

健全な形で助けてもらうことに罪悪感を覚えてしまいます。

需要と供給、出会いのデコとボコ(凸凹)は一致するのに、それを否定していたら

苦しくなってしまうと思います。

生きるのが辛くなる。

難しいものになる。

頭だけで考えると中立から外れる

自分のことを後回しにし

一日中誰かの為に頭を使ってばかりいたら満たされないですし

逆に、誰にも頼らず

甘えることもせずっていうのも

なんで他者に対して「あなたは必要ない!」って思い込もうとしたのだろう。

と、そんな問いかけを自分にするチャンスですよね。

助け合うことって本来自然発生的ですもんね。

強みは思いがけない所にある

みんな、得意なことは違いますし

その時その時で出来ることも、したいことも違っている。

自分でさえ、その瞬間に自分の持っている何が相手にとって一番プラスなのかは分からない。

でもだからこそ、出会いが面白い訳で。

自分の強み、存在意義は、別の所にあっただなんて痛快ですよね。

自分はこういう人間だから、と決め付けていては気付けなかったことに理解が及ぶ快感。

しかも、常にありのままで良いのだと救われていく流れ。

同じ価値を持ち寄っている

出会いとは、デコとボコが完全一致する凄さを味わえること。

例えばこんな物語で説明してみますね。
 

川にカーディガンを落としてしまった。
 
でも自分は泳げないから流れていくのを見つめていると
 
通りすがりの人が飛び込んでくれて、カーディガンを拾ってくれた!

 
なんて物語があったとします。

これは一見すると、一方だけが助けたって形ですけど

内情はそれだけではないのがこの宇宙の仕組みです。

【落としてしまった側の物語】

普段人に弱さを見せられなく、なんでも自分で背負い、実は息苦しい日々を過ごしていた。

そんな時、川にカーディガンを落としてしまい

流石に自分に出来ないことを認め、起きたことをただ受け入れてみよう!

もう自分に無理をさせるのはやめよう、等身大でいいじゃないかと心で感じることが出来た。

するとその瞬間、誰かがやってきて

颯爽とカーディガンを拾い上げてくれた。

出来ないことを認めたのに、それ(カーディガンを取り戻すこと)は達成した。

この経験により、一人でこの世界をコントロールする必要はなかったのだと悟る体験になった。

【拾った側の物語】

人付き合いが苦手で、誰かと深く関わることも避けてきた日々。

誰にも頼らず、誰にも頼られず過ごしてきた。

人間関係でのストレスはなくなったが、満たされなかった。

自分は何のために存在しているのだろうか。

すると、目の前でカーディガンを落とし、どうすることも出来ないでいる人が視界に入った。

その瞬間、電撃が走った。

「自分には出来る!」

気が付いたら川に飛び込み、カーディガンをその人に渡している自分がいた。

そして何度も何度も、ありがとうと言ってくれるその人を見て

生きていることを実感した。

「あぁ、そうか、私は必要とされたかったし、同時に人の笑顔が必要だったのだ。

関わり方を忘れていたのだ。

これからは考えすぎず、自分に出来ることを、感覚に従ってすればいいのだ。」と悟る体験になった。

あなたも誰かを助けている

人や世界を呪うでもなく

お互いが助けていたし、助けられてもいた。

表面的なことだけじゃなくて、内情を感じとる。

頭主体で物事を見てしまうと

どちら側にいても苦しくなります。

だけど、ハートで感じたことを頭で咀嚼するようにしていくと

動きは自然発生的になり、双方が満たされるようになる。

依存の感覚

依存は、それがなくては生きていけない!っていう悲痛な叫びが背後にあり

実際依存しあっている時は、欠かせないと感じているのにも関わらず、苦しみも同時に感じていたりします。

助け合いの感覚

健全な頼ったり、甘えたりの関係性は

双方が存在意義を感じ、本来の自分を強く感じ、そして答えも得る。

次のマス目に進むためのパワーがもらえるポイントです。

めちゃくちゃ照準があっている場所。

自分が宇宙と一致している点に神エイム出来ている瞬間なんです。

もっと言うと、神エイムしていることに気付けている瞬間。

宇宙が提示しているあなたの為の緯度と軽度にハマっている瞬間。
 

エイムとは

狙っている様子を表す言葉。
 
スポーツやゲームなどの専門用語で使われている技術。
 
「当てたい時に当てたい箇所へ当てる能力」のこと。「エイム力」とも呼ばれる。

via:Wikipedia

リラックスして行こう

どうすれば依存と助け合いを見極められるのかは

前述した感覚と

常に自分のハートに耳を傾ける癖がついているかにかかってきます。

まずは、チャンスが来る度に意識的に助けたり、助けられたりを経験して

自分の中でデータを積み上げていくことをお勧めします。


ということで、本日も皆さまから頂きましたご感想を

感謝を込めて掲載しております。

どうぞよしなに願い申し上げ候。