過程を楽しんでも結果が出ず不安になった時どうしたらいい?【アンサー】

Reico

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Q1.
Reicoさん、こんばんは(*^-^*)ブログいつも楽しく読んで参考にしています。
そして今回は質問がありメッセージをお送りしました。

少し前の『過程で苦しむと結果に囚われ、過程で楽しめると結果に囚われない』のブログ記事にすこし関連するのですが、過程を楽しんでいても結果が出なくて不安になったとき、どういう気持ちで対処したらいいのか、良い方向へ持っていけるのか、何かアドバイスや参考になることがあれば教えていただけると嬉しいです。

過程で苦しむと結果に囚われ、過程で楽しめると結果に振り回されない

結果が今出なくても、それもまた過程ということなのでしょうか。

今、そうしたことで「うーん」となっております。
(ちなみに個人的な具体例でいうと、作品づくりは楽しいのですが、それを表に出したときに先につながる結果がみえないと不安になるような…。焦りすぎなのかもしれませんが)
もしみんなとシェアできることであれば、いつかどこかのタイミングで教えていただけたら幸いです(*^-^*)よろしくお願いします。

A1.
ご質問いただきありがとうございます!
多角的な話になってしまうので2つの角度に絞ってお話してみたいと思います。

1つ目。
この場合の「過程を楽しんだ」が本当の意味で楽しんでいたかどうかは大きいポイントだと思います。

楽しいの定義

もちろん楽しまれているとは思うのですが
恐らく、それだけではないんじゃないかなと推測します。

「楽しい」以外の思考や感情も同時に味わっていた
その可能性があるんじゃないかと思います。

「楽しい」と一言で言っても
人によって定義は曖昧です。

あなたは今楽しんでいますか?と問いかけて

「ええ、楽しんでいますよ」と返事が返ってきても、実際は怒りに満ちていることもあります。

「やるべきだからやっている。楽しんでやっている事にしている」だけかもしれません。

「実感はありませんが…自分は好きなことをやっているのだから楽しんでいるって事ですよね?」かもしれません。

心の奥底では震えながら好きなことをやっている、のかもしれません。

そういう風になるにはそれなりのストーリーを抱えているはずです。
ストーリーとはシナリオであり、思い込みであり、前提としての自己設定です。

「楽しい」というたった一言に沢山のストーリーが潜んでいる。

物語は敵にも味方にも

そのストーリーは私たちの敵にもなりますし、味方にもなります。

敵というと大袈裟ですし正確な表現ではありませんが(敵思考もあなたの味方のつもり)
望む事が現実化するのを停滞させる要素になり得るという感じです。

例えば、好きな人が出来たら毎日が楽しそうですが
人によってはそうとは限りませんよね。

誰かを好きになったら
その人には優しくしたくなるものです。
その人が目の前に来たら思わず笑顔になってしまいます。

ですが人によってはそうはなりません。
好きじゃないフリをする人もいます。

話しかけることが出来なくてもどかしくなる場合もあれば
両思いになる自信がなく早々に切ない思いでいっぱいになる場合もある。
自分のハートだけでは好かれないだろうと思い込み、ステータスや持ち物、財力で惹きつけようと武装することにエネルギーを費やしたり。

「好き」という枠の中に「好き」だけが含まれていたら基本的に両思いになります。
ですが他の思考が含まれていると複雑な関係性が誕生していくのです。

思考を一本化する

これはご質問者様だけに限った事ではなくて
「多様な思考がいくつもの束になっている」状態に慣れていると「自分で自分の望む結果を遅らせている」事に無自覚です。

物理的な動作よりも意識を整えることの方が先決だと飲み込めれば、やる事はこれだけです。

「思考の一本化」

あるいは「思考の束を同じ方向性にする」

小さな目的に気付く

2つ目の角度として
「小さな目的や変化に気付く」です。

目的までの道のりには沢山の小さな課題や目的および成功や成長が訪れます。

ですがそれらに気付かずにいると
「はぁ、今日も何も変化なし…」と、ため息モードに陥ってしまう。

上手くいっていないと解釈したり
「自分には向いていない事なのかもしれない」と早急な判断をしてしまう事もある。

おやおや?これでは全く「楽しめていない」ですよね。

道のりにも沢山のご褒美があります。
ちゃんと楽しめるようになっています。

でも気付けないと道のりは全く楽しくなりません。

宇宙は最高のパートナー

私たちが何かを望めば、それは叶います。
あとはその道のりの完璧さを信じられるかどうかです。

昨日よりも安心感を持って作品作りにあたれた、とか(←とても重要です)

本当は気になっていたけど焦って後回してにしていた箇所をゆったりと見直す事が出来た、とか。

1ヶ月前よりも前向きな解釈で今日を過ごせた!とか。

これらは作品作りとは全く関係ないシーンでも起こりますし、それらには関連性があるんです。
1日に起こる全てがレッスンでもあるのです。

+ + + +

「自分の作品で評価と経済的安定を手にする事」は叶うんです。

「創造性を発揮して、みんなに幸せな時間をギフトしたい」は叶います。

そして叶うまでの道のりにこそ
重要なレッスンが散りばめられていて
しかもその道のりはとっても楽しいのです。

焦りは禁物。何故なら…

そのレッスンは千差万別なので人と比べる事は出来ません。
魂が歩んで来た道が違うからです。

作品作りで生きていくために必要な考え方を身に付けさせる道のりになるかもしれませんし、不要な考えを捨てさせるような道のりになっているかもしれません。

「自分の作品で対価を得て良いのだろうか?」という罪悪感が強すぎる場合は、それを手放すレッスンが目的よりも先に行われます。

+ + + +

焦ると小さな変化を見落としやすいですが
全ての道のりは最終的に本人の望みを叶える為に構成されているので安心して大丈夫です。

つまり、焦りを手放す為のレッスンが先に組み込まれる事もある。

+ + + +

道のり自体が目的の一部なので

「まだ叶わない」ではなく「叶い始めている」が正しいです。

安心が全て

安心していると誰もが望む結果に向かいます。
自然と。
流れるように。
道のり自体が楽しくなってくるので。

たどり着くと心の奥では分かっている感覚でいられます。
あるいは辿り着く事はそれほど重要じゃなく、今この瞬間が重要だと感じます。

だからこそ歩き続けられる事ができる。

自分を鼓舞するパワー

何度も足を止めるのは安心していない事が多いです。

そんな時はこんな風に自分に接してみて下さい。

「自分は安心していないんだな。
全然良いよ、そういう時もあるよね。

なかなかの安心出来なさっぷりに感服するよ。
いやいや冗談はさて置き自分はよくやっているよ。

そういえばあの時は上手くいったじゃないか。
数年前の自分のあのセリフは今思い出しても痺れるよ!
本当に自分は素晴らしい存在だ。

散歩でもして気分を変えようか!
美味しいものを食べたって良い。
5分瞑想でもしてみようか。

何でも言ってごらん、その通りにしてあげるから。
全く本当に自分の笑顔は世界を照らすなぁ。」

自分で自分に大丈夫だよって声をかけてみる。
「不安になったって良いさ」と土台を安心ベースに変える。
自分にも魔法が使えるんだよって思い出させてあげる。

ご質問者様がという訳ではありませんが
人間とは、他の誰かに認められたい
社会に認められたいと思う時もあると思います。

それでもやっぱり
自分自身が自分をどう思ってあげるのか、どう扱ってあげるのかに勝る魔法はありません。

「自分はやれる子だよ。
どんな事があろうと決して見限ったりしないよ。
ずっと一緒にいるから安心して行こう。
安心してトライして行こう。

時間を忘れ
比較から遠ざかり
好きという思いの渦の中心で共に楽しもう。」

ちなみに、「何でも言ってごらん、その通りにしてあげるから。」の自分との約束は破るのは本当に良くないので、きっちり守れる簡単な約束にしておきましょう。
追伸
まとまりなく書いてしまいましたが、何かしらのヒントになれば何より幸いです。
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