【形而上学的な思考停止の定義】感覚の向こう側へ!人生の方程式を解け

Reico

思考停止から抜け出しましょうとお伝えしているのは

いつも考え悩め!
頭で思考しよう!
という意味ではないんです。

私がお伝えしたいのは

方程式を解くのを途中ではやめないことが大事ですよ、と言いたいのです。

材料を全て並べる前から頭だけであれこれ考えるのではなく

自分の感覚を目印にして
答えである最終地点に辿り着くまでは思考(問いかけ)を止めない。

映画を見るのを途中でやめたりしないで
ラストシーンまでちゃんと見る。
エンドロールまでしっかり見届ける。

映画の途中の段階で
あれやこれやと結末はこうだろうと決めてしまうのはナンセンスですよね?

でも、こういうことを私たちは日々行っています。
無自覚に。

途中で見るのをやめてしまったら
映画の内容を誤解したままになりかねません。

誤解したまま、それを答えだと思い続けてしまい
そういうものなのだと信じてしまい
でもそれは答えじゃないから救われない
結局は不快な状態を維持し続けてしまう。

答えを得ると、その時点で救われるんです。

変革と現状に光

映画のエンドロールまで見ると
つまり方程式の解に辿り着くと
「そうだったのか!」とスッキリします。

その時点で救われます。

今この瞬間に救われていない場合、そこは答えじゃありません。
まだ途中のはずです。

解答を得ると
色々なことがようやく合点がいくのです。

点と点が繋がってウォーター!=開眼するんです。

そこがマスター予備軍の立つ場所です。

その場所にいることを維持し続け
実際に魔法を思う方向に使えるようになると
マスターになっていきます。

ウォーターとは
私がよく使っている「ウォーター」という表現は、聴力・視力・発声が自由に出来なかった奇跡の人ヘレン・ケラーさんが、目に見えないこの手に触れているものが、耳も聞こえないので説明されても分からなかった「水」というもので、水という名前がついている物だったのか!と、点と点が繋がり開眼した瞬間の様子と、私たちが開眼して世界を見る目が変わる瞬間の感覚、意味あいとして良く使っています♡
 
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘレン・ケラー

すでに完璧だった

大袈裟でも何でもなく
誰もがそこに立って人生を思い通りにできる。

ゲームを作り替えることができる。

それだけじゃなくて
むしろこっちの方が重要のような気がするのですが…

今のままの状態こそが自分に必要だと真に理解して

誰のせいでもないこの自分とこの人生に
積極的に向き合えるようになる。

愛おしく感じるようになる。

きっと前者と後者、両方を味わうだろうと思います。

あなたは多面的な存在

私たちは
ゲームを操作しているプレイヤーでもあり
ゲーム上で動いて(生きて)いるアバターでもあり
ゲームをプログラミングできるクリエイターでもあります。

これまではこれを無意識にしていた。
でも、これからは意識的に行えるようになる。

まだそこじゃない

現状の不快な状態をクリアするために

「感情や感覚の向こう側へ行ってください」とよくお伝えしています。

自分自身の感情や感覚を味わって欲しいからです。

なぜならそれが答えへ連れて行ってくれるからです。

でも、普段は自分の感覚の奥底まで調べる癖がついていないのが私たちです。

なので感覚を味わうワークにトライしても
「向こう側」とお伝えしている地点の
もっとずっと手前のところでやめてしまっているなぁという印象です。

なので
しつこいようで恐縮なのですが
これからも同じことをお伝えして行こうと思っています。

「感情や感覚の向こう側へ行ってください」

感覚を頼りに問う力

自分にとっての問題をクリアするためには
一旦は不快な感覚を味わうことになるだろうと思います。

もちろんそれで良いんです。
そこは不可欠なので。

でもそこまででやめてしまうと
不快な感覚を外の現実に映し出してしまいかねません。

「意識を向けること=エネルギーを注ぐ=現実化」なので。

(それがお好みであれば何の問題もないですが)

私がお伝えしている「向こう側」は

そこよりさらに奥の奥にあります。

圧倒的に問いかけるべし

なんで、なんで、なんで?

を続けてください。

それってホント?
それって絶対?
なんで、なんで、なんで?

と自分の感覚を追いかけ続けてみてください。

この問いかけを続けることが映画の再生ボタンを押し続けている状態。
つまり思考停止じゃないってことです。

映画を停止して、勝手に頭で考えているんじゃなくてね。

再生ボタンを止めずに
自分の感覚を追いかけ続けていくと

謎を解くことができます。

そうやって追いかけ続けて見つけ出した点と点をつなぎ、線にしていきます。

集中力を発揮する

「なんで、なんで、なんで?」

と問いかけてください。

現実が何も変わらない、あるいは自分自身の感覚が何も変わらない場合

つまりあなたにとっての問題がクリアになっていない場合は

なんで、なんで、なんで?

が圧倒的に不足しています。

まだまだ感覚の向こう側へたどり着いていません。

思考が止まっている状態なんです。

ウォーター!は向こう側に行くと何度でも味わえます。

思考停止にならない為に

いわゆる思考停止の状態は

ウォーター=開眼の感覚を得ていないところを答えだと思い込んで立ち止まっている状態です。

自分の感覚ではなく
外野の声を答えにしてしまい
自分で考えるのをやめてしまったり

目に見えることだけで判断し
それ以上の事の成り立ちにまで思いを馳せなかったり

自分の感覚の上部だけが自分の全てだと思っていて
自分の素晴らしさに気付かなかったり
自分の可能性に気付かないでいる

そこから先に進めていない状態だと私は思っています。

考えるとは、頭の中だけであれこれこじつけることではなくて
自分の内側の感覚を無視せず追いかけ続けることです。

なんで、なんで、なんで?と。

先まで意識を伸ばす。

怒りは答えじゃない

自分の感覚を辿っていくと怒りに辿り着くことがあると思います。

もちろんそれで良いんです。
絶対に無視せず味わってください。

でも、そこは答えじゃない。

集中して感じて、その向こう側へ進んでください。

その先にもさらに進むんです。

でも、怒りや悲しみを無視しては向こう側へはいけません。

一次情報を網羅せよ

自分だけの一次情報を網羅する勢いが必要なんです。

自分の人生を誰かにどこまで伝えられますか?

自分の人生をどこまで解明できていますか?

解明できるんです!

今の時代、こういうことを全員ができるようになるはずなんです。

私はそう信じています。

一次情報とは

自分が見聞きした味わったこと。本人の実体験に基づく情報のことを指す。
ちなみに二次情報とは人から聞いた話などになる。

これはゲームだから

人生はゲームです。

最高に楽しくてやりがいのある壮大なゲーム。

ですから是非楽しんでいきましょう。

人の人生のことはそっと本人に任せておいて

自分の人生攻略に専念しましょう。

まだ間に合います。

人にどう思われるかとか
人とどう違うかだとか

もうそういうのは「自分の目線」の現れなので
実際の他者に対して、どうにかこうにかと対策を練らなくて良いんです。

自分しかないんです。

自分と向き合いましょう。

自分との付き合い方をアップデートしていきましょう。

その為にも、感覚の向こう側へ!

この人生のゲームマスターになりましょう。